大規模ネットワーク系のモデリング・解析・制御
研究概要
本研究室で扱うネットワーク系とは,動的システムの一種で,複数のサブシステムが結合してできるシステム,ならびに, 高次元システムでその内部変数が何らかの意味で分類解釈できるものを指します. その例として,遺伝子ネットワーク,交通流ネットワーク,電力ネットワーク,社会ネットワークなどが挙げられます. これまでに,動的システムの解析・制御の分野では,比較的に低次元なシステムに対して,効果的な理論が構築されてきました. 特に,近年では,社会のニーズにも後押しされて,高次元のネットワーク系に大きな関心が集まっています.
これまで開発されてきた様々な解析・制御手法が,(理論的には)たとえ次元数に依存しない汎用的なものであったとしても, システムが高次元になるにしたがって計算コストも指数関数的に大きくなるため,直接的に従来手法を適用することがが難しい場合がしばしばあります. このような問題を解決するために,注目している性質をできる限り損なわないように考慮しながら,低次元なシステムへ近似することが必要となります. しかしながら,従来のモデル低次元化の手法では,ネットワーク構造に代表されるシステム特有の構造的特徴を維持することができず,近似モデルを用いてネットワーク系としての性質を考察することが困難でした.
また,ネットワーク系の解析・制御の初期段階にあたるモデリングにおいて,システムの次元に比べてアクチェータやセンサーの数が少ないという状況を考えてみましょう. システム論では,入出力関係を実システムのそれとできる限り一致させるようにモデルを決定するブラックボックス同定が常套手段となっています. このとき,内部変数は物理的意味をもたず,それらは所望の入出力関係を生み出すよう適当に決定されます. したがって,あらかじめ与えられた状態変数に対するネットワーク構造を知りたい場合には,ブラックボックス同定は適用できず, ネットワーク構造を再現する同定手法の開発が必要となります.
一方,大規模なネットワーク系は,一般に,階層性も有しています。たとえば,バイオ系では,遺伝子ネットワーク,細胞ネットワーク,そして代謝ネットワークと各層があります。道路交通システムも,車両間の速度ダイナミクスから,道路区間の交通量,そして,エリア内の交流量といった階層構造があり,それぞれ車両速度制御,信号機制御,ナビゲーションといった制御入力が対応し,そのモデリング法から,可制御性解析(どこに入力を配置すればよいかなど),階層型ネットワーク制御の理論研究が重要になります。
このように,本研究室では大規模ネットワーク系に対して,低次元化モデリングをはじめ,解析・制御手法の開発を行ってきています.具体的には,たとえば,以下のような研究を行っています.
ノックアウト法に基づくネットワーク構造同定
ネットワーク構造の同定手法は,生体工学の分野や物理の分野で提案されてきましたが,それらの手法の多くは,すべてのノードを制御できるか観測できることを想定するなど, 実現が困難な仮定をおいていました. 入出力ポートの少ない状況における同定問題への挑戦は制御工学において試みられてきましたが,可同定性(一意的にパラメータを決定できる性質)の確認が難しく, 特に,同定対象のネットワークシステムの入出力データのみを用いた手法では,その構造を同定できないため,何かしらの付加的な情報が必要であるということがすでに示されています.
そこで,本研究室では,遺伝子ネットワークの分野で利用されているノックアウト法に注目しました. ノックアウト法とは,あるノードの機能を無効化することによりそのノードの関わる相互関係を強制的に取り除いたネットワークシステムを作り上げ, オリジナルのネットワークシステムとの振る舞いの違いを観察することによって構造を推定する手法です. 本研究室では,多次元サブシステムから構成されるネットワークシステムに対して,ノックアウト処理されたネットワークシステムの入出力データを併用することにより, ネットワーク構造を推定するという手法を開発しています.
ネットワークシステムのクラスタリングに基づく低次元化
近年,ネットワーク科学の分野では,グラフ理論や統計理論に基づいて,現実の世界に存在する様々なネットワークの解析が行われており, スモールワールド性や次数分布のべき則などに代表される普遍的な特性が見出されています. このネットワーク解析における研究課題のひとつに,「コミュニティ検出」と呼ばれるものがあります. コミュニティ検出問題とは,与えられたネットワークをいくつかの部分ネットワーク(コミュニティ)に分割する問題であり, 人間関係のネットワークにおけるグループを検出する問題などがこれに相当します.
本研究室では,このコミュニティ検出問題に対して,制御理論的な観点からアプローチを試みています. より具体的には,ネットワークを構成するノードに対して状態変数を設定し,状態の入力信号に対する振る舞いの類似度という観点からノードの集合を分類(クラスタリング)することを考えています. 結果として,図に示されるように,ネットワーク内に含まれる「良く似たノード」が検出され,入力状態写像に関して本質的な寄与をもつエッジの集合が可視化されます. さらに,構成されたクラスタに対して,集約化された低次元の状態変数を与えることにより,クラスタ間のネットワーク構造を保存した低次元化が実現されます.
ネットワークシステムのグローカル制御
ローカル制御とグローバル制御が混在する階層型ネットワーク系に対する制御として,グローカル制御理論の構築を目指しています。その一つに,大規模ネットワーク系のクラスタごとの平均状態を推測するオブザーバ(観測器)の開発があります。大規模ネットワーク系の振る舞いを少ないセンサ情報から内部の詳細な情報を推定するのは一般には難しい問題です。そこで与えられたセンサ情報から,意味のあるクラスタ内の状態の平均的な振る舞いを抽出することができる平均値オブザーバを開発しています。このオブザーバにより必要な分解能の状態を推定し,階層制御のために必要なフィードバック情報が構成されます。
参考文献
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